神事か死闘の格闘技か?歴史の深層から解き明かす相撲の起源
相撲 の 起源を探る旅は、土俵に舞う清めの塩のような、厳かで均整の取れたイメージを根底から揺さぶる体験になる。多くの日本人は相撲を「古来より続く神聖な国技」と信じて疑わない。だが、古い巻物に記された文字を丹念に追っていくと、そこに見えてくるのは静謐な祈りなどではなく、骨が砕け散る鈍い音と、勝利への凄まじい執念だ。
砂煙と男たちの荒い息遣い。華やかな様式美のヴェールを一枚ずつ剥ぎ取ったとき、この相撲 の 起源に横たわっているのは、権力者の思惑と剥き出しの闘争本能である。現代の大相撲がまとう「伝統」という言葉の裏側に、どのような真実が埋もれているのか。そのルーツを辿る。
相撲の起源は神事か格闘技か?日本書紀が記す野見宿禰と当麻蹶速の「骨折り死闘」
教科書が教える穏やかな古代史を信じているなら、この記録には息を呑むはずだ。『日本書紀』垂仁天皇七年の条に刻まれた日本最古の実戦記録は、神への祈礼とはおよそかけ離れた、命のやり取りそのものだった。
大和の地に、天下無双を誇る当麻蹶速という豪傑がいた。「生死を問わず、自分と力比べをする者はいないか」。その傲慢な呼びかけに応じ、出雲から召喚されたのが野見宿禰である。垂仁天皇の御前で行われたこの対決のルールは、現代の土俵のような「寄り切り」や「押し出し」ではない。蹴り技、踏みつけ、何でもありの無制限デスマッチだった。
両者は互いに蹴り合いを演じた末、野見宿禰が当麻蹶速の肋骨を蹴り折り、さらに腰骨を踏み砕いて絶命させた。勝者は敗者の土地を没収され、そのまま朝廷に仕える栄誉を手にする。禁じ手のないサバイバル格闘技。これこそが、文献に現れる人間同士の最初の相撲の実態である。最初から神聖だったのではない。血にまみれた武術の衝突が、すべての出発点だったのだ。
「力くらべ」から「国譲り」へ——古事記と日本神話に刻まれた神々の原初闘争
人間同士の死闘よりさらに時間を巻き戻すと、相撲の原風景は『古事記』に記された日本神話の領域へと行き着く。いわゆる「国譲り」の場面だ。
高天原から遣わされた建御雷神(タケミカヅチ)の前に、出雲の建御名方神(タケミナカタ)が立ちはだかる。「力くらべをしよう」と持ちかけたタケミナカタに対し、タケミカヅチは相手の腕を氷のように冷たく、また剣の刃のように変えてみせた。驚愕したタケミナカタの手を、タケミカヅチは葦のように握り潰し、投げ飛ばしたとされる。
神話におけるこの闘いは、力による領土交渉の決着手段だった。単なる腕比べではない。互いの肉体をぶつけ合うことで、どちらの「神意」が勝っているかを白日の下に晒す神事としての性格を、この時点で相撲は帯び始めていた。言葉による外交が破綻したとき、最後に残るのは肉体の強度であるという古代人の直感が、神話の筆致から生々しく伝わってくる。
朝廷の儀礼「相撲節会」がもたらしたスポーツ史上の大転換点
殺伐とした殺し合いが、秩序ある「文化」へと舵を切ったのは奈良から平安時代にかけてのことだ。宮廷貴族たちは、荒ぶる力自慢たちを都に集め、農作物の豊凶を占う宮中行事へと組み替えていった。それが「相撲節会」である。
全国から選りすぐられた屈強な男たちが、東西に分かれて技を競い合う。ここで初めて、相手の命を奪うような極端な暴力行為が削ぎ落とされ、技の体系化が進められた。日本におけるスポーツ史の観点から見ても、相撲節会が果たした役割は計り知れない。
野蛮な喧嘩を、宮廷の雅な空間に収めるためのルール作り。それは同時に、地方の豪族たちを朝廷の権威に服属させる政治的なセレモニーでもあった。秋の収穫を感謝し、国家の安寧を祈る。相撲が「格闘技」の牙を隠し、「神事」の装束を纏った決定的な瞬間がここにある。
血生臭い武家相撲から庶民の熱狂へ——大相撲興行の誕生と進化
平安の雅が武士の台頭によって崩壊すると、相撲は再び戦場へと引き戻される。鎌倉から戦国時代、武士たちにとって相撲は白兵戦の訓練そのものだった。織田信長が安土城で大規模な上覧相撲を催し、勝者を召し抱えた話は有名だ。
だが、泰平の江戸時代が訪れると、相撲は再びその姿を劇的に変える。寺社の修繕費用を集める名目で始まった「勧進相撲」が、庶民の爆発的な娯楽へと変貌を遂げたのだ。現代に直結する大相撲興行の幕開けである。
丸い土俵が作られ、仕切り線が引かれ、力士たちは髷を結い、化粧廻しで着飾った。江戸っ子たちは贔屓の力士に熱狂し、錦絵を買い求めた。命懸けの武術は、誰もが熱狂できる巨大なショービジネスへと昇華された。現在の土俵を取り囲む様式のほとんどは、古代からそのまま残っているものではなく、この江戸の活気の中で興行として洗練されていった産物なのだ。
Netflix『サンクチュアリ -聖域-』の衝撃とNHK中継が映さない土俵のリアル
時代が下り、相撲を取り巻く視線はさらに複雑さを増している。その象徴が、Netflixで世界的な大ヒットを記録したドラマ『サンクチュアリ -聖域-』だろう。この作品が世界を揺さぶったのは、長年メディアが保ってきた「清く正しい伝統」のメッキを痛快に剥ぎ取ったからに他ならない。
テレビのNHK中継が映し出すのは、礼儀作法を重んじ、所作の美しさに貫かれた様式美の世界だ。アナウンサーの落ち着いたトーン、観客の整然とした拍手、静謐な土俵入り。だが、『サンクチュアリ -聖域-』が叩きつけたのは、借金、暴力、嫉妬、そして泥にまみれて這い上がる若者たちの剥き出しの咆哮だった。
海外の視聴者は、あの生々しい息遣いに、失われた古代の「野見宿禰と当麻蹶速」の残影を見たのではないか。整えられた儀礼の奥底に潜む、血肉の通った野性。エンターテインメントのフィルターを通すことで、図らずも相撲が本来抱えていた原始の熱量が、世界へと再提示されることになった。
公益財団法人日本相撲協会が背負う「神事とエンターテインメント」の相克
いま、土俵の真ん中に立ち尽くしているのが公益財団法人日本相撲協会である。彼らは常に、二つの引き裂かれた要請の間で揺れ動いてきた。神道儀礼としての格式を保つべきなのか、それとも現代のプロスポーツとしてグローバルな競争に耐えうるエンタメへと振り切るべきなのか。
屋根には神社の建築様式を取り入れ、行司は神官の装束を纏う。土俵の下には鎮め物が埋められ、勝負の前には塩が撒かれる。これらは単なる演出ではなく、本気で守り抜かれてきた神事の痕跡だ。だが同時に、満員の観客を沸かせ、チケットを売り、若いファン層を開拓しなければ、組織としての存続は危うい。
相撲の歴史とは、野蛮な肉弾戦をいかにして聖なる祈りと世俗の歓楽へと調停してきたかという、果てしない妥協と創造の軌跡だ。どちらか一方だけを切り取ることはできない。泥まみれの格闘技であり、厳粛な神事であり、大衆を熱狂させる興行でもある。その矛盾と深層を抱え込んでいるからこそ、土俵の上で交差する二つの肉体は、今なお私たちの目を奪って離さないのだ。 (出典: 相撲 の 起源(Yahoo!ニュース))