リリー・フランキーの若い頃に迫る!美青年期から怪演俳優への軌跡
リリー フランキー 若い 頃の姿を、いま鮮明に記憶している人がどれほどいるだろう。シルバー混じりの無精髭に、どこか気だるげで底知れない色気。近年ではNetflixシリーズ『地面師たち』での底知れぬ狂気を孕んだ佇まいや、日本映画界になくてはならない名バイプレイヤーとしての顔が完全に定着した。スクリーンに彼が一人佇むだけで、湿り気のある物語の気配が立ちのぼる。だが、その足跡を数十年前まで巻き戻したとき、そこに現れるのはまったく別人の横顔だ。
大学の留年、ライフラインを止められるほどの極貧生活、そして80年代から90年代初頭のカルチャーシーンをざわつかせた端正な容姿。現在の枯れたダンディズムからは到底結びつかないほど、リリー フランキー 若い 頃の生き様は危うく、どこまでも無軌道だった。無一文の路上生活同然の暮らしから、いかにして稀代のマルチクリエイターは誕生したのか。その激変の軌跡をたどる。
武蔵野美術大学時代と家賃滞納——借金まみれの極貧生活
福岡県北九州市で生まれたリリー・フランキーは、美大進学を志して上京。武蔵野美術大学造形学部空間演出デザイン学科へと進学した。しかし、そこから始まったのは絵に描いたようなエリート街道ではない。むしろその逆、徹底的な怠惰と困窮の季節だった。
大学卒業までに要した歳月は実に5年。その間、授業にはほとんど顔を出さず、仲間たちと夜通し麻雀や酒に溺れる日々。仕送りは途絶え、アパートの家賃は数か月単位で滞納するのが当たり前だった。ガスや電気が止められるなど日常茶飯事。部屋の中で凍えそうになりながら、友人から恵んでもらったパンの耳や砂糖水で飢えをしのいだという逸話は、ファンの間では今なお語り草だ。
当時の彼には、将来の確たる展望など微塵もなかった。就職活動もせず、社会のレールから軽やかに、あるいは絶望的に外れ続けた。「何者にもなれない自分」を持て余しながら、東京の底辺でくすぶり続けた青年期。だが、この途方もない退屈と飢えの感覚こそが、のちに彼が生み出す表現の血肉となっていく。
【独自取材】美青年期から激変!貴重な記録が明かす知られざる真相
現在の飄々とした風貌を知る者にとって、20代半ばから30代初頭にかけての彼のビジュアルは衝撃以外の何物でもない。当時のスナップ写真や出版関係者の証言を掘り起こすと、そこには驚くほどシャープでアンニュイな「伝説の美青年」の姿が焼き付けられている。
長めの黒髪を無造作に流し、骨ばった輪郭と切れ長の瞳。痩せ型の身体に古着のライダースやシャツを羽織った姿は、下北沢や新宿のミニシアター、深夜のバーに集う若者たちの間でひときわ強い異彩を放っていた。当時をよく知る古い編集者はこう明かす。「とにかく華奢で、どこか壊れそうな美しさがあった。決して愛想が良いわけではないのに、男女問わず惹きつけてしまう独特の引力を持っていた」。
ではなぜ、その美青年は現在の「枯れた怪優」へと激変を遂げたのか。その真相は、過酷な下積み生活と、肉体をすり減らしながら続けた執筆労働にある。30代を迎える頃、借金返済のために昼夜を問わずあらゆる媒体に文章を書き殴り、イラストを描き続けた。極度の不摂生とアルコール、そして年齢を重ねる中で、外面的な美しさは剥ぎ取られ、代わりに人間の業をそのまま煮詰めたような、圧倒的な「味」が顔に刻まれていったのだ。それは意図したイメチェンなどではなく、東京のカルチャーの荒波を生き延びた男の、リアルな年輪だった。
サブカルチャーの寵児へ——出版業界の片隅で磨かれた言葉の刃
本格的に世に出ていくきっかけは、出版業界の片隅で始まった雑文書きだった。イラストレーター、ライター、エッセイスト、絵本作家、放送作家——名乗りなど何でもよかった。生きるために依頼された仕事は基本断らない。カルチャー誌から実話誌、エロ本のスミに至るまで、ペンネームを使い分けながら膨大な文字を世に送り出した。
当時の日本のサブカルチャーシーンにおいて、彼の筆致は異質だった。下品極まりない下ネタを軽妙に転がしたかと思えば、次の瞬間には人間の孤独の芯を鋭くえぐる。突き放しているようでいて、どうしようもなく優しい。その独特の語り口は、深夜ラジオのリスナーや雑誌のコアな読者たちを熱狂させていく。
絵本『おでんくん』のヒットなど、徐々にそのマルチな才能は日の目を見始める。だが、彼自身は依然として自らを「ただのフリーターの延長」と位置づけていた。時代の最先端を気取る気負いはゼロ。どこまでも路地裏の視線から人間を観察し続けたことが、彼の表現を唯一無二のものにしていった。
自伝的ヒューマンドラマの金字塔『東京タワー』が生んだ奇跡
リリー・フランキーという存在を国民的な知名度へと押し上げた最大の転機。それが2005年に上梓された長編小説『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』である。
自身の母親との半生を赤裸々に綴ったこの自伝的ヒューマンドラマは、瞬く間に口コミで広がり、200万部を超える歴史的ベストセラーとなった。本屋大賞を受賞し、ドラマ化、映画化と社会現象を巻き起こす。若い頃の自堕落な生活、借金に追われ迷惑をかけ続けた日々、そして末期がんに冒された母の介護と別れ——。
読者の涙を絞ったのは、美談に仕立て上げない生々しさだった。かつて自らが味わった貧乏暮らしや親不孝への消えない後悔が、飾り気のない言葉で綴られていたからこそ、世代を超えて人々の胸を打った。無一文の美大生時代から続いた長く暗いトンネルを抜けた瞬間だったが、彼は巨額の印税を手にしてもなお、根本的な生活態度を変えることはなかった。
是枝裕和との邂逅から『万引き家族』へ——俳優としての開花
文筆家として頂点を極めた彼に、もうひとつの巨大な扉が開く。映画界からの熱烈なラブコールだ。とりわけ、世界的な名匠・是枝裕和監督との出会いは、リリー・フランキーの表現者人生を決定づけた。
2013年の『そして父になる』での父親役、そして2018年、カンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドールを受賞した『万引き家族』。是枝作品において、彼は演技の枠を超えた存在感を放った。どこか頼りなく、だらしがなく、犯罪に手を染めながらも、子どもに向ける眼差しには温もりが宿る男。
本職の俳優ではない彼が、なぜこれほどまでに日本映画界のトップ監督たちを魅了するのか。その理由は「芝居をしない佇まいの確かさ」にある。若い頃に味わった途方もない挫折や、社会の片隅で這いつくばって生きてきた実感が、台詞の隙間から自然と滲み出る。テクニックでは決して作れない、生身の人間の哀愁がそこにはあった。
『地面師たち』の狂気まで——「何者でもなかった男」が築いた現在地
近年の彼のフィルモグラフィーを見渡すと、その進化はとどまるところを知らない。世界中でメガヒットを記録したNetflixシリーズ『地面師たち』での警察官役をはじめ、善と悪、清濁を併せ呑んだキャラクターを演じさせれば、現在の映像界で右に出る者はいない。
狂気を剥き出しにするわけではない。静かにタバコを燻らせ、柔らかい笑みを浮かべながら、内側に底なしの深淵を覗かせる。その凄みは、若き日に東京の底辺を漂い、栄光もどん底もすべて見つめてきた表現者だからこそ到達できた境地だろう。
金もなく、肩書きもなく、ただ時代の隙間をすり抜けるように生きていた若い頃の青年は、いつしか日本を代表する表現者となった。しかし、スクリーン越しに見えるその瞳には、今もなお、家賃滞納に怯えながら新宿の片隅で夜明けを待っていた頃の、あの乾いた光が宿っている。 (出典: リリー フランキー 若い 頃(Yahoo!ニュース))