圧接工から時代の頂点へ!今市隆二が歩んだ泥臭い下積みと真実
今 市 隆二 昔の輪郭を辿るとき、真っ先に浮かび上がるのは眩いスタジアムの照明ではなく、川崎の作業現場で飛び散る火花と重たい鉄の匂いだ。今や三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBEの絶対的なボーカルとして君臨する彼だが、その原点は決して順風満帆なエリートコースではない。日本の芸能界広しといえど、ここまで剥き出しの職人気質と挫折の痛みを背負ったままトップスターへと駆け上がった表現者は極めて異端である。
洗練されたヴィンテージスタイルと艶やかな歌声で観客を陶酔させる現在のステージング。その根底に流れる熱量を解き明かす鍵として、今 市 隆二 昔の下積み時代に見せた泥臭い執念とストイックな生き様が、今改めて音楽関係者やファンの間で大きな注目を集めている。彼の歌声のザラつきや情感の深さは、一体どこで鍛え上げられたのか。
汗と鉄粉にまみれた圧接工時代:夢を捨てなかった若き日の労働現場
10代後半から20代前半にかけて、今市隆二は建築現場で鉄筋同士をガスで加熱・圧着する「圧接工」として汗を流していた。早朝から夕方まで重い機材を担ぎ、夏は猛暑、冬は凍てつく寒風に晒されながら現場を仕切る職長を務めていた経歴は有名だ。
当時の現場仲間からも厚い信頼を寄せられていたが、彼の胸の内には常に別の火が灯っていた。仕事が終われば泥と埃を洗い流し、疲弊しきった身体を引きずってボーカルレッスンへと向かう日々。肉体労働で声を枯らしながらも「絶対に歌手になる」という一念だけで、給料の多くをレッスン費用やオーディションの遠征費に注ぎ込んでいたという。どれほど過酷な現場であっても、休憩時間にはイヤホンでソウルミュージックを聴き込み、歌のニュアンスを一心不乱に身体へ叩き込んでいた。
運命を変えたVBA2:登坂広臣との出会いと三代目JSB誕生の裏側
転機は2010年、LDH JAPANが開催した伝説のオーディション「VOCAL BATTLE AUDITION 2(VBA2)」だった。応募総数約3万人という途方もない倍率の中、今市隆二は一次審査から圧倒的な存在感を放つ。決して器用なタイプではなかったが、魂を削るように歌うそのハスキーボイスは審査員の心を鷲掴みにした。
合宿審査での極限状態を共に戦い抜いたのが、後に唯一無二の相棒となる登坂広臣だった。全く異なる声質とバックボーンを持つ二人が最終審査で選ばれ、三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBEのツインボーカルとして産声を上げた瞬間、日本の音楽産業に新たな地殻変動が起きた。粗削りながらも強烈なエモーションを放つ今市の歌唱は、グループの骨格を決定づける原動力となったのである。
圧接工時代の下積みからVBA2合格、そして現在:知られざる原点と進化の徹底比較
圧接工として現場に立っていた20代前半の青年は、いまやスタジアムを瞬時に熱狂させる稀代のフロントマンへと進化した。その軌跡を比較すると、彼が歩んできた年月の濃密さが鮮明になる。
かつての今市隆二は、荒削りなエネルギーと突き抜けるハイトーンが最大の武器だった。VBA2当時の歌声には、何者かになりたいという切迫感と焦燥がそのまま宿っていた。しかしキャリアを重ねた現在の彼は、繊細なファルセットのコントロールやヴィンテージR&B由来のタメを効かせたグルーヴを自在に操る。声帯の不調やプレッシャーを乗り越えたことで、ボーカリストとしての表現力は格段に奥行きを増した。
外見の洗練度も際立つ。かつての無骨なヤンチャさは消え去り、クラシックなスーツやヴィンテージデニムを纏う大人の色気が漂う。だが、どれほど華やかなスポットライトを浴びようとも、根底にある「職人としての誠実さ」は一切変わっていない。ステージに向き合う徹底的なストイックさは、まさに鉄と向き合っていたあの頃のままだ。
映画出演からCL・ABEMA配信まで:表現者としての幅を広げた挑戦
音楽活動にとどまらず、表現のフィールドを大胆に広げてきた点も見逃せない。映画『その瞬間、僕は泣きたくなった-CINEMA FIGHTERS project-』内の短編作品『On The Way』では演技に初挑戦。全編メキシコロケという過酷な環境下で、台本を超えたリアルな感情の揺らぎをスクリーンに焼き付け、役者としても高い評価を獲得した。
さらにデジタル空間でのファンとの結びつきも極めて強固だ。LDH独自の動画配信サービス「CL」や「ABEMA」の特別企画では、クールなステージ上とは対照的な、飾らない人柄や屈託のない笑顔を惜しげもなく披露。完璧なスーパースターでありながら、どこか下町気質の温かさを残すそのギャップが、幅広い世代のファンを惹きつけて離さない。
J-POPと本格R&Bの架け橋へ:音楽産業を揺るがす唯一無二のグルーヴ
ソロアーティストとしての今市隆二は、自らのルーツである80年代から90年代のR&B、ファンク、ソウルミュージックへのリスペクトを明確に打ち出している。J-POPのメインストリームにいながら、ここまで徹底して本格的なブラックミュージックのエッセンスを咀嚼し、大衆性を持たせてアウトプットできるシンガーは極めて稀だ。
海外の一流プロデューサーやミュージシャンと直接渡り合い、ヴィンテージな生音と現代的なビートメイクを融合させたソロワークスは、音楽評論家からも高い支持を得ている。歌って踊るグループの枠組みを超え、自らベースやドラムの鳴りにまでこだわり抜く制作スタイルは、まさに音楽の「職人」そのものである。
2026年の今市隆二が見据える未来:変わらない泥臭さと研ぎ澄まされた美学
デビューから長い歳月が経過した現在も、今市隆二の歩みは止まらない。アリーナやドームを満員にする実績を誇りながら、彼の言葉には常に謙虚さと表現への渇望が滲む。現場仕事で培われた「手抜きをすれば構造が崩れる」という危機感と誠意が、今も彼の背骨を貫いているからだろう。
どれほど時代が移り変わり、音楽シーンのトレンドが目まぐるしく交錯しようとも、泥臭い下積みを耐え抜いた男の芯は揺らがない。研ぎ澄まされた美学と熱いソウルを携え、今市隆二はこれからも日本のボーカルシーンの最前線を切り拓き続けていく。 (出典: 今 市 隆二 昔(Yahoo!ニュース))