スタン・ハンセン「ウィー」の真相!実はユース?必殺技の深層
スタン ハンセン ウィー――テンガロンハットを深く目深に被り、真っ赤なベストを揺らした巨漢が花道を疾走してきた瞬間、昭和のリングサイドは文字通りパニックに陥った。ウエスタンハットを脱ぎ捨て、左腕の黒いサポーターを愛おしそうに撫で上げると、天に向かって人差し指と小指を突き立てる。観客の耳朶を打つ怒号のようなその咆哮は、日本のプロレス興行における狂気と興奮の導火線だった。
テレビ中継のブラウン管の前で、あるいは超満員の日本武道館のスタンドで、少年から大人までが右手を掲げてスタン ハンセン ウィーと唱和したのは一度や二度ではない。だが、日本中を一つにしたあの合言葉には、半世紀近くの歳月を経てなおファンの間で語り継がれる愉快で熱い「すれ違い」が存在する。
咆哮の真相:ファンが叫んだ「ウィー」と本人が放った「ユース」の食い違い
スタン・ハンセン本人がリング上で叫んでいた言葉は、厳密には「ウィー(Weee)」ではない。本人の自伝や後年のインタビューで明かされている通り、彼が口にしていたのは「ユース(Youth!)」だった。
若さとエネルギーを爆発させる意味を込めた、あるいはテキサスのアメフトカルチャーに根ざした掛け声が、あの尋常ならざる肺活量と濁声によって「ユゥーッ!」と響き渡った。しかし、これを受け止めた日本のファンとアナウンサーの耳には「ウィー!」と聴こえたのだ。
面白いのは、ハンセン自身がこのズレに気付きながらも、あえて修正しなかった点にある。異国の地で自分の雄叫びに対し、何万人もの群衆が拳を突き上げて呼応してくれる。言葉の意味がどうであれ、リングと客席の魂が共鳴しているのなら訂正する必要などどこにもない――そうしたプロフェッショナルとしての懐の深さが、「ウィー」という不滅のプロレス語を生んだのだった。
テキサス・ロングホーンの象徴性:指先に込められた母校への敬意
咆哮とともに掲げられる「テキサス・ロングホーン」のハンドサイン。親指で中指と薬指を押さえ、人差し指と小指をツノのように突き出すポーズは、彼の母校であるテキサス大学オースティン校をはじめとするテキサスの象徴、ロングホーン牛を模したものだ。
テキサスの荒野と開拓者精神を背負った荒ぶるカウボーイ。ハンセンがこのポーズを決めるだけで、会場の空気は張り詰めた。単なるポーズではない。それは彼が命がけで海を渡り、日本のファンに叩きつけた誇りの旗印だったのだ。
必殺ウエスタン・ラリアット誕生秘話:アメフトのタックルから生まれた一撃
雄叫びの後にリングを支配したのは、問答無用の暴力性と美しさを兼ね備えたウエスタン・ラリアットだった。現在でこそプロレス界の定番技として定着しているが、その元祖であり頂点に君臨し続けるのはハンセンただ一人だ。
この技の原型は、彼が打ち込んでいたアメリカンフットボールのブロッキング技術にある。相手の首元へ腕を巻き込むように叩きつける動きを、プロレスのマット上で昇華させた。さらに、ハンセン自身の極度の近視も技の迫力に拍車をかけたという有名な逸話がある。相手の姿がぼんやりとしか見えないため、手加減なしに全力で左腕を振り抜くしかなかった。その結果生まれたのが、相手の体が空中で一回転してマットに沈む、戦慄のノックアウトシーンだった。
新日本から全日本へ:ジャイアント馬場とブルーザー・ブロディが認めた破壊力
アントニオ猪木との死闘で新日本プロレスのトップ外国人へと上り詰めたハンセンは、1981年末、電撃的に全日本プロレスへと戦場を移した。この引き抜き劇は、当時のプロレス界を根底から揺るがす大事件となった。
全日本の総帥ジャイアント馬場は、ハンセンの持つ圧倒的な突進力を高く評価し、団体の絶対的な看板外国人として迎え入れた。そして盟友ブルーザー・ブロディとの「ミラクル・パワー・コンビ」を結成。チェーンを振り回すブロディと、ブルロープを振るい咆哮するハンセン。二人が花道を進むだけで観客が本気で逃げ惑う様は、プロレスが真のドキュメンタリーであった時代の象徴だ。
世界最強タッグ決定リーグ戦の熱狂:日テレジータスや配信で再燃する伝説
全日本プロレスの年末の風物詩といえば、世界最強タッグ決定リーグ戦である。ハンセンが繰り広げた数々の名勝負は、蔵前国技館や日本武道館の床を揺らし続けた。馬場やジャンボ鶴田、天龍源一郎、そして四天王たちとの激突は、今なお色褪せない。
現在でも日テレジータスでのアーカイブ放送や、新日本時代のファイトを網羅するNJPW WORLDなどの映像配信サービスを通じ、当時の熱狂に触れることができる。画面越しであっても、ハンセンがロープに飛んで腕を振り抜いた瞬間の重低音と、館内を包むどよめきは生々しいまでの迫力で現代のファンの胸を打つ。
WWE殿堂入りから現代へ:スポーツエンターテインメントに刻まれた不滅の記憶
2016年、ハンセンはWWEの殿堂入り(ホール・オブ・フェーム)を果たした。アメリカ本国におけるプロレスが巨大なスポーツエンターテインメントへと洗練されていく中で、ハンセンが日本で築き上げた「不沈艦」の伝説は、海を越えたリスペクトを集めた。
小手先の技術やギミックではなく、圧倒的な肉体と魂の叫びだけで大衆の心を掴んだスタン・ハンセン。「ユース」が「ウィー」へと変化したあの叫びは、言語の壁を軽々と飛び越え、プロレスというジャンルが持っていた純粋な熱量を永遠に証明し続けている。 (出典: スタン ハンセン ウィー(Yahoo!ニュース))