ラプンツェルの歌は中川翔子じゃない?小此木まり起用の舞台裏
ラプンツェル 歌 だれという疑問を抱き、テレビや配信の再生画面を思わず一時停止した経験はないだろうか。世界中で愛され続ける名作『塔の上のラプンツェル』を観ていると、ある瞬間にふと耳が立ち止まる。天真爛漫で少し早口なおしゃべりから、あの圧巻のハイトーンボイスへと切り替わる刹那だ。「これ、本当にしょこたん本人が歌っているの?」という違和感は、決してあなたの気のせいではない。
劇場公開から歳月が流れた現在でも、金曜ロードショーの放送時やSNS上ではラプンツェル 歌 だれと検索する人が後を絶たない。あの伸びやかで透明感あふれる歌唱の主は、タレントの中川翔子ではなく、実力派ミュージカル俳優の小此木まり(現・小此木まり)である。なぜ台詞と歌で演者を分けるという選択肢が取られたのか。そこには、ディズニーが徹底して守り抜く音響への凄まじい執念が存在していた。
台詞は中川翔子、歌唱は小此木まり!知られざる「歌声分業」の真相
日本版のクレジットを確認すると、主人公ラプンツェル役には2人の名前が並んでいる。台詞を担当した中川翔子と、歌唱パートを一手に引き受けた小此木まりだ。
幼少期から舞台に立ち、ミュージカル『アニー』のアニー役をはじめ数々の本格舞台でキャリアを重ねてきた小此木まり。彼女の歌声は、細い息の混じった囁きから、劇場の最後列まで突き抜ける強烈なベルト発声までをシームレスに行き来する。一方、中川翔子は持ち前のポップな愛嬌と、好奇心旺盛でちょっぴりエキセントリックな少女像を完璧な日本語の響きとして具現化した。
この2人の個性がシームレスに溶け合っているため、初見では同一人物が歌っていると思い込む観客も少なくない。だが耳を澄ませてみると、台詞の持つ軽快なスピード感から、歌に入った瞬間の豊かな響きの広がりへと、見事なバトンタッチが行われていることがわかる。
オーディションの厳格な壁:なぜディズニーは異例のダブルキャストを選んだのか
そもそも、なぜ最初から「喋って歌える1人の声優」を選ばなかったのか。その背景には、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ本国が敷く、極めて妥協のないキャスティング基準がある。
日本国内の配給や制作を取り仕切るウォルト・ディズニー・ジャパンには、本国のミュージック・スーパーバイザーから極めて難度の高い声域・発声の設計図が送られてくる。キャラクターの声色(キャラクターボイス)がどれほど似ていても、楽曲のスコアが求める音域や声のダイナミクスを完璧に表現できなければ、本国の審査を通過できないのだ。
中川翔子自身も高い歌唱力を持つ表現者だが、ラプンツェルの楽曲群に求められたのはポップス的なアプローチではなく、クラシカルな発声と繊細な表現力を高度に融合させたブロードウェイ水準のスキルだった。妥協を許さない審査の結果、台詞の芝居心で頂点に立った中川と、音響的ハードルを軽々とクリアした小此木の2人を融合させる「異例のダブルキャスト」が決定したのである。
名曲『輝く未来』に宿る魔力とアラン・メンケンが仕掛けた音響の罠
作品を象徴するデュエット曲『輝く未来(I See the Light)』は、数々のディズニー音楽を生み出してきた巨匠アラン・メンケンが手掛けた屈指の傑作だ。灯籠が夜空を埋め尽くす幻想的なシーンで流れるこの旋律には、歌い手にとって恐ろしいほどの難所が仕掛けられている。
メンケンが書く旋律は、1960年代のフォークロックの温もりを土台にしつつ、サビに向けて転調とダイナミクスの急激な上昇を要求する。息を多く含んだ無垢な歌い出しから、愛の自覚とともに芯のある太い響きへと音質を変化させなければならない。小此木まりの歌唱は、この劇的な感情の起伏を、ピッチの乱れひとつなく音符の上で描ききった。彼女の卓越したコントロール能力があったからこそ、あの名シーンの没入感は完成したと言っても過言ではない。
原語版マンディ・ムーアと日本版小此木まり、声質表現の決定的な差異
アメリカのオリジナル英語版でラプンツェルを演じたのは、ポップシンガーであり俳優のマンディ・ムーアだ。彼女は台詞と歌唱の両方を1人で務めている。
原語版のマンディ・ムーアは、シンガーソングライター特有の少しハスキーでドライな質感、生々しい息遣いを前面に出した。どこか親しみやすく、等身大のアメリカン・ティーンエイジャーを感じさせるアプローチだ。
対する日本版の小此木まりは、劇団四季や東宝ミュージカルを想起させるような、鈴の鳴るような澄明さと劇的な情感を強く打ち出している。母音の処理が極めて明瞭で、子音の当たりが柔らかい。このアプローチの違いにより、日本版のラプンツェルはより「おとぎ話のヒロイン」としてのロマンティシズムを色濃く纏うことになった。どちらが優れているかという話ではなく、言語の特性に合わせた最高のチューニングが施されている点が興味深い。
Disney+時代のアニメーション映画産業における吹替文化の変遷
近年のアニメーション映画産業において、歌と台詞のキャスティング方針は大きな変化を迎えている。かつては『アラジン』のジャスミン役のように、声優とシンガーを分けるスタイルは日常茶飯事だった。しかし、近年のミュージカル映画では「歌も台詞も1人の俳優が全編こなす」スタイルが主流になりつつある。
とりわけ定額制動画配信サービスであるDisney+の普及により、世界中の視聴者がワンタップで言語音声を切り替えられるようになった。英語、日本語、フランス語、韓国語と瞬時に聴き比べができる現在、声の質感が台詞と歌で乖離しすぎていると、耳の肥えた視聴者にすぐに見抜かれてしまう。
そうした厳しい耳を持つ現代のリスナーが聴いても、『塔の上のラプンツェル』の分業は見事というほかない。中川翔子の持つ無邪気なトーンと、小此木まりの持つピュアな倍音が奇跡的な周波数の合致を見せているからだ。現在振り返っても、このダブルキャストは日本の吹替史に残る幸福なケミストリーだったと評価できる。
いま改めて聴き直したい、色褪せないディズニー・プリンセスの金字塔
長い歴史を持つディズニー・プリンセスの系譜において、ラプンツェルは「自らの足で塔を出て、運命を切り拓く近代的なプリンセス像」を確立した転換点だった。その内面的な強さと脆さを同時に表現するためには、中川翔子の感情豊かな語り口と、小此木まりの魂を揺さぶる歌声の両方が不可欠だったのである。
劇中で描かれる自由への憧れ、外の世界への恐怖、そして恋を知った瞬間の喜び。そのすべてが、2人の表現者の声の重なりによって形作られた。もし次にあの名曲を耳にすることがあれば、ぜひ背景にある職人技に耳を傾けてほしい。2人の声が織りなすひとつの魂に、きっと以前とは違った深い感動を覚えるはずだ。 (出典: ラプンツェル 歌 だれ(Yahoo!ニュース))