鉄の爪フリッツ・フォン・エリックの呪いと栄光!映画が隠した真実
フリッツ フォン エリック――その巨大な掌が対戦相手の頭蓋骨をへこませるかのように軋ませた瞬間、テキサスのダラス・スポータトリアムは耳をつんざく絶叫と歓声に包まれた。プロレスの歴史上、彼ほど恐怖とカリスマ性を同時に体現した悪役=ヒールは存在しない。「鉄の爪(アイアンクロー)」と称された必殺技は、リングのロープを越えて全米、そして海を越えた日本列島までをも震撼させた。だが、リング上の圧倒的な神話の裏側で、彼の一族が辿った凄惨な運命の坂道を、当時の熱狂的なファンはまだ知る由もなかった。
マット界の帝王として君臨し、プロモーターとしても辣腕を振るったフリッツ フォン エリックだったが、家庭の扉の向こうでは徹底したスパルタ教育と「勝者であれ」という強迫観念が息子たちを追い詰めていた。次々に訪れる悲劇。若くして散っていく息子たち。世間はそれを「フォン・エリック家の呪い」と呼び、都市伝説のように語り継いだ。しかし、そこに潜んでいたのは運命の悪戯などという生易しい言葉では片付けられない、血と汗とプレッシャーが織りなす生々しい家族の歪みだった。
テキサスを熱狂させた「鉄の爪」王朝とWCCWの黄金期
1970年代から80年代にかけて、テキサス州ダラスを拠点としたプロレス団体「WCCW(ワールド・クラス・チャンピオンシップ・レスリング)」は、まさに社会現象だった。その中心にいたのが創業者でありプロモーターのフリッツ・フォン・エリックだ。彼は元々、冷徹なナチスギミックの悪役として名声を馳せたが、プロモーターへ転身すると、自らの血を分けた息子たちをベビーフェイス(善玉)のロックスターとして売り出した。
長男(実質的な長男とされたデビッド)、次男ケビン、三男ケリー。彼らがリングに登場するや否や、アリーナにはティーンエイジャーの黄色い歓声がこだました。NWA世界ヘビー級王座を巡るリック・フレアーとの抗争は全米に配信され、WCCWはテレビ時代の波に乗って空前の収益を叩き出す。だが、この熱狂のサイクルを維持するため、息子たちには怪我を押しての強行出場、鎮痛剤や薬物への依存という暗い影が忍び寄っていた。父フリッツが築いた帝国は、息子たちの肉体と精神の摩耗の上に立つ砂上の楼閣だったのだ。
全日本プロレスを震え上がらせた巨体とジャイアント馬場との死闘
日本のプロレスファンにとって、フリッツ・フォン・エリックの名は特別な恐怖とリスペクトを呼び起こす。初来日は日本プロレス時代、力道山亡き後のマット界に怪獣のごとき威圧感で乗り込んできた。そして後年、彼が主戦場としたのがジャイアント馬場率いる全日本プロレスだった。
身長190センチ台後半、体重130キロ近くある巨漢が繰り出すアイアンクロー。相手の額から鮮血が滴り落ち、馬場やジャンボ鶴田が顔面を歪めて悶絶する姿は、テレビ中継を通じて日本全国のお茶の間を凍りつかせた。フリッツの掌の握力は100キロを優に超えていたとも言われ、その説得力は現代のプロレスにおける派手なアクロバット技を凌駕する凄みがあった。日本での絶大な成功が、彼をますます「鉄の意志を持つ家長」として頑なにしていく皮肉な結果を生んだとも言える。
映画『アイアンクロー』の衝撃とハリウッドが描いた家族の絆
この一家の栄光と崩壊の軌跡を、気鋭のスタジオA24が本格的なスポーツドラマとして映像化したのが、伝記映画『アイアンクロー』だ。日本でも劇場公開と同時に大きな反響を呼び、今なお映画ファンの間で熱く議論されている。
作中で冷酷かつ厳格な父フリッツを演じたホルト・マッキャラニーの怪演は圧巻だった。威圧的な眼差しと低音の響きだけで、子供たちを支配下に置く父親の重圧を完璧に表現した。一方、一家の生き残りとなるケビン・フォン・エリックを演じたザック・エフロンは、驚異的な肉体改造を敢行。分厚い筋肉の内側に宿る、繊細で壊れそうな少年の心を痛々しいまでのリアリズムで演じ切った。映画は単なるプロレス映画の枠組みを超え、有毒な男らしさ(トキシック・マスキュリニティ)と家族の愛憎が交錯する人間ドラマとして高い評価を得た。
【独占スクープ】映画でカットされた六男クリスと鉄爪一家の光と影の真相
だが、映画『アイアンクロー』を観た熱心なファンやマット界の古参関係者が一様に抱いた違和感がある。それは、実在した末弟「クリス・フォン・エリック」の存在が作品から跡形もなく消し去られていた点だ。
ショーン・ダーキン監督は後に「これ以上の悲劇を一本の映画に詰め込めば観客が耐えられない」と構成上の理由を語ったが、カットされた六男クリスの運命こそが、フリッツの支配が生んだ最大の悲劇だった。クリスは兄たちのような恵まれた体躯を持たず、重度の喘息を患い、骨が脆くなるステロイド治療を受けていた。プロレスラーになれる身体ではなかったのだ。それでも「エリック家の男」としての証明を渇望した彼はリングに上がり、怪我を重ね、兄たちの後を追うように21歳の若さで命を絶った。
関係者の証言によれば、フリッツは息子の死に直面するたび、周囲に弱みを見せるどころか「次の興行はどうする」と冷徹に問いかけたという。プロレス界のドンとしての仮面を脱ぎ捨てることができなかったフリッツ。家族をビジネスの駒として追い詰めたのか、それとも悲しみを覆い隠す唯一の手段がプロレスだったのか。映画の美しい照明の届かない場所に、鉄爪一家の真の闇が沈んでいる。
生き残ったケビン・フォン・エリックが語る「呪い」の正体
兄弟たちが次々と自ら命を絶ち、あるいは不可解な死を遂げていく中、ただ一人天寿を全うする道を歩んだのが次男のケビン・フォン・エリックだ。彼は現在、ハワイで大家族に囲まれ、穏やかな晩年を過ごしている。
ケビンは後年のインタビューで、世間が囁く「呪い」という言葉を一貫して否定している。「呪いなど存在しなかった。ただ、あまりにも過酷なビジネスの中で、耐えられないほどの悲劇が重なっただけだ」。彼は父フリッツを憎み切ることはしなかった。父親の歪んだ愛情も、リング外での不器用な孤独も、息子として受け止めた上で、自分自身の代で負の連鎖を断ち切る決断をしたのだ。ケビンの息子たち、ロスとマーシャルもプロレスラーとして活動しているが、そこにはかつて一家を覆っていた陰湿なプレッシャーはなく、スポーツを愛する純粋な誇りだけが息づいている。
U-NEXTやAmazonプライム・ビデオで再燃するフォン・エリック旋風
家庭内劇場の凄惨な歴史と、マット界を熱狂させたスペクタクル。この二面性を持つフォン・エリック一家の物語は、ストリーミングサービスの普及によって新たな世代へと届いている。現在、U-NEXTやAmazonプライム・ビデオといった主要な配信プラットフォームでは、映画『アイアンクロー』をはじめ、当時のWCCWの熱狂を記録した貴重なアーカイブ映像やドキュメンタリーが手軽に視聴可能だ。
往年の名勝負を見返すと、フリッツ・フォン・エリックがリング上で放っていた圧倒的なオーラに改めて息を呑む。彼が悪魔だったのか、それとも時代が生んだ怪物だったのか。配信画面の向こうで繰り出される豪快なアイアンクローを眺めながら、観客は今もなお、解けない謎と悲哀のドラマに魅了され続けている。 (出典: フリッツ フォン エリック(Yahoo!ニュース))