菅井友香が魂を削った激闘の記憶!伝説の舞台が残した演劇界の衝撃
飛龍 伝 2020の幕が上がった瞬間の、劇場の空気が張り詰めた痛切な気配を覚えているだろうか。新宿の雑踏をくぐり抜けた観客が目撃したのは、ただのノスタルジーでも、人気アイドルを客寄せパンダにした商業演劇でもなかった。そこにあったのは、言葉の暴力と愛が交錯し、人間の剥き出しの業が客席へと容赦なく飛散する凄まじい空間だ。怒号が響き、飛び散る汗と唾液が照明に反射するなかで、劇場全体が異様な熱気に包まれていた。
日本における舞台演劇の潮流を振り返るとき、この飛龍 伝 2020という特異な劇空間が残した足跡を素通りすることは到底できない。当時の社会が急速な変容と不安の影に覆われ始めるなか、演劇という生身の表現がいかに人間の魂を揺さぶり得るかという命題を、あの舞台は全身全霊で証明してみせたからだ。
聖地・紀伊國屋ホールを揺るがした「つかこうへい没後10年」の熱狂
演劇の聖地と呼ばれる紀伊國屋ホール。無数の名優が立ち、幾多の言葉が刻まれてきたその板の上に、再びあの熱狂の嵐が吹き荒れた。稀代の劇作家・つかこうへいが遺した巨大な足跡を辿る「つかこうへい没後10年追悼イベント」の掉尾を飾る作品として企画されたのが、本作である。
製作を手掛けた株式会社アール・ユー・ピーは、これまで幾度となくつか作品の再構築を試み、その熱量を時代に接続させてきた。昭和から平成、そして新たな時代へと移り変わっても、戯曲・現代劇としての『飛龍伝』が放つ毒と華は、いささかも減衰していなかった。全共闘運動の黄昏を舞台に、40万人もの学生を束ねる若き女性総長・神林美智子と、体制側の機動隊員たちとの相容れない愛憎。客席を埋め尽くしたオールドファンから初めて劇場へ足を運んだ若者まで、劇場の隅々に至るまで張り詰めた緊張感が支配していた。
菅井友香が見せた渾身の演技の真相と知られざる舞台裏
なぜ、当時の彼女はあれほどまでに美しく、そして痛ましかったのか。舞台『飛龍伝2020』で菅井友香が見せた渾身の演技の真相を紐解く鍵は、過酷を極めた稽古場の空気にあった。欅坂46のキャプテンとして、常にグループの品格と責任を背負い続けていた彼女が足を踏み入れたのは、これまでのアイドルの文脈が一切通用しない泥臭いつか芝居の深淵だった。
未公開の舞台裏を明かせば、彼女は喉を潰しかけながら連日何万字もの膨大な台詞を身体に叩き込み、青あざを作りながら床を転がり回っていたという。上品でおっとりとしたパブリックイメージを粉々に打ち砕くかのように、怒号を上げ、唾を飛ばし、男たちと取っ組み合う。彼女が演じた神林美智子は、清楚なアイコンとしての殻を内側から食い破ることで初めて誕生した。偶像という重圧に押しつぶされそうになりながらも闘い続けた菅井自身の境遇が、全共闘の先頭に立たされた孤独なヒロインの宿命と不気味なほど共鳴していたのだ。
演出家・岡村俊一が引き出した「神林美智子」の狂気と覚醒
つかこうへいの直弟子であり、その魂を誰よりも深く知る演出家・岡村俊一の手腕は冷酷なまでに的確だった。岡村の稽古場は、役者を安全地帯から徹底的に引きずり出すことで知られている。彼が求めたのは、洗練された技術などではなく、極限状態に追い込まれた人間から漏れ出る無加工の魂の叫びだった。
岡村は菅井に対し、一切の妥協を許さなかった。時に冷徹に、時に情熱的に、彼女の心の奥底に眠る怒りや哀しみを引きずり出していく。その執念に応えるように、彼女の眼差しは日を追うごとに鋭さを増していった。「お前たち、愛する者を残して死んでいけ!」――客席の最前列から最後列までを貫くその絶叫は、演出家と女優が命がけの鍔迫り合いを演じた果てに生まれた奇跡的な咆哮だった。
石田明が体現した冷徹なる機動隊長・山崎の哀哀とコントラスト
この重厚な悲劇に凄まじい奥行きをもたらしたのは、作戦中隊長・山崎一平を演じたNON STYLEの石田明の存在だ。お笑い界屈指の技巧派として知られる石田だが、この板の上で見せた顔は、冷徹な暴力性と底知れぬ哀愁を湛えた一人の狂気の男だった。
笑いを知り尽くした者だけが持つ独特の間と、ふとした瞬間に漂う狂気。石田が演じる山崎が発する台詞の鋭利さは、舞台上の空気を一瞬で凍りつかせた。国家という巨大な壁の前で翻弄されながらも、敵対する神林美智子に純粋すぎる想いを寄せる男の哀しきエゴイズム。激しく衝突し合う二人のエネルギーが火花を散らしたからこそ、神林の孤独はいっそう際立ち、物語は見る者の胸をえぐる悲劇へと昇華された。
激動の時代を駆け抜けた上演記録とTBSチャンネルでの再評価
2020年1月から2月にかけて上演されたこの作品の記録は、今振り返っても奇跡のような巡り合わせを感じさせる。東京公演を終え、大阪・COOL JAPAN PARK OSAKA TTホールへと乗り込んだ直後、世界は未曾有のパンデミックに見舞われ、劇場という文化そのものが長い冬の時代へと突入していったからだ。
まさに社会が分断と閉塞へと向かう直前の、劇場が満員の観客の熱気で爆発していた最後の記憶。その後、TBSチャンネルで舞台映像が放送されると、劇場に足を運べなかった層からも熱狂的な賛辞が寄せられた。テレビ画面越しであっても、飛び散る汗と血潮の生々しさは少しも損なわれていなかった。記録映像として残されたその光景は、一回性の芸術である舞台が放った永遠の閃光として、今なお多くの人々の脳裏に焼き付いている。
現代演劇の地平に刻まれた金字塔としての『飛龍伝』
『飛龍伝』は単なる過去の遺物ではない。時代が混迷を深め、何が正義で何が悪なのかが曖昧になる現代においてこそ、この戯曲は凶暴なまでのアクチュアリティを放つ。学生運動という過去のモチーフを借りながら、そこで描かれているのは普遍的な人間の愛と裏切り、そして自らの居場所を求める切実な叫びだ。
アイドルという枠組みを軽々と飛び越え、血反吐を吐くような芝居をやってのけた表現者たち。彼らが紀伊國屋ホールの舞台に残した傷跡は、今も消えていない。時代がどれほど移り変わろうとも、劇場という暗闇の中で人間が人間の熱量に震える瞬間がある限り、あの時に放たれた火花は決して消え去ることはないだろう。 (出典: 飛龍 伝 2020(Yahoo!ニュース))